新日本プロレスの入門テストはどれだけ大変なのか?合格条件やエピソードを公開!

   

毎日同じ地獄的トレーニング&雑用を耐えられるのが新弟子!

プロレスの世界は厳しいです。入れてもらうのも大変ですが、入った後、デビューするまでも大変です。デビューしてからも試合に出続けるのは大変です。加齢と共に、レスラーであり続けること自体が大変になります。

そう、最初から最後まで超絶大変なのです。

ここでは、馳浩が新弟子採用の面接官および道場コーチをやっていた時代の話をお届けしましょう。

馳浩、今では代議士先生!

 

 

当時の新日本では、年1回の入門テストがありました。12月に試験があるので、その1ヶ月前にマスコミで募集の告知をします。そこで、希望者からの履歴書が送られてきます。

18歳未満は、175cm、70kg以上、25歳未満は、180m、80kg以上の規定があります。そこに満たない者は、無条件に落とされます。ふるいにかけて、道場で体力テストをし、20名ほど残します。

次は、面接です。本当にやる気があるのか、を本人と馳が話し合って、確かめるという場ですね。これだけ大変なんだよ、練習も、雑用も、本当につらいんだからね、と説明し、親にも承諾してもらいます。

そして最終的に10名が入門を許されるわけですが、1週間でほぼ全員逃げ出します(笑)。練習もつらいし、雑用もきつい。自由時間は睡眠時間だけというブラッキーな環境ですからね。一般常識で考えたら。だから、一般じゃだめなんです。特別じゃないと。

で、それだけでは育たないから、馳はスカウトにも出かけます。永田、中西、といったレスリング上がりの選手はそういう感じですね。もう、基礎は出来ているからズブの素人と違って逃げ出さない人材です。

馳が言うには、新弟子は先輩レスラーよりラクだ、というのです。どういうことかというと、新弟子はやる気がなくても先輩から無理やり練習させられますし、無理やり礼儀を叩き込まれます。でも、自分が上の立場になるとそれをしてくれる人がいなくなるので、それ以上強くなってそれ以上人間的に成長したかったら、自分で自分に鞭を打たないといけないということ。

そういば、ジャッキー・チェンが昔、自分の周りにはもはや自分が雇っている部下ばかりになってしまって、自分を指導してくれる人、自分に忠告してくれる人がいなくなった、だから、たまにサモハンの兄貴に来てもらって教えてもらっているんだ、というようなことを言ってましたね。馳の言っていることも、同じなんでしょうね。

 

夜逃げの出戻りはかえって強くなる!?

新日本のレスラーの中には、一度夜逃げしたけど出戻って、その後花開いた選手もいます。

武藤敬司は、最初の1週間でもう嫌になって、辞めます!と宣言したんですよ。柔道の世界で活躍していた武藤は、入門当初からスパーリングが強くて先輩たちからも一目置かれていました。

しかし、こんなに大変な練習をさらにしなければならないんだったら辞めたい、ということになり、山本小鉄にそれを言ったところ、あともうちょっと頑張ってみようよ、と励まされて思いとどまった、と。

普通、山本小鉄は辞めたがっている新弟子を引き止めることはしません。入門希望者が押し寄せている時代でしたから、替えはいくらでもいたからです。

でも、武藤に関しては、スター性を感じていたんでしょうね。そして、それは当たってしまったわけです。

それから、天山広吉。天山も一回夜逃げしてます。しかし、未練が残ったのでもう一回入門させてもらったということですが、さすがに戻った直後は白い目で見られてつらかったようです。これに耐える精神力も、相当なものですよね。

このような、レスラー各人のストーリーを一緒に観ているわけですね、我々は試合中も。ただ男たちが戦うだけでなく、入門〜今日に至るまでの苦労、涙、感動を一緒に受け取って、熱狂しているということです。

 - 群雄割拠 ,